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特攻・・・   (宮崎・鹿児島の旅)

2012.08.02 (Thu)

空港で大空に飛び立っていく飛行機を見るのが好きです
遠く空の向こうから真直ぐ滑走路に向かって降りてくる機を見るのも大好きです

出発まで時間がありましたので
この日も送迎デッキから眺めていました
上昇 


でも、ついさっき訪れた知覧特攻平和会館の事が頭から離れず
この日は何だか重い気持ちになりました
特攻記念館 



夕陽に染まる翼の美しさにも
みすぼらしい特攻機のそれを思い出し
あんな機で体当たりして命を落として行った若者の事が哀れで、悔しくてなりませんでした
翼


” 必ず、敵を轟沈させます ”



” 完全な機で出撃致したい ”

特攻隊員の多くがあの機では無理とわかっていたのでしょうか 


 


20歳前後の若者ですもの
それぞれ夢を持っていたのでしょうね

特攻隊 

親御さんも長い間苦しみ悲しまれたことでしょうね 

平和会館の敷地内にもそこまでの道路にも慰霊の灯篭が沢山建てられていました
お身内によって建てられたものそして日本全国からの御寄附によるものと聞きました
今もまだ続々と申し込みの方がいらっしゃるそうです
慰霊灯  



彼らが命をかけて守ろうとした日本は今・・・
 


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01:11  |  未分類  |  Trackback(0)  |  Comment(10)

コメント

Hulaさん おはようございます。

特攻隊のみなさんの手紙は胸が痛みます。
知覧もそうですが
広島の江田島にもあるんですよ~

母親に向けて書いた遺書の展示
全部は読めませんでしたけどね~苦しくって


紅葉 |  2012.08.02(木) 08:48 | URL |  【編集】

Re: Hulaさん おはようございます。

紅葉さん、こんばんは
> 特攻隊のみなさんの手紙は胸が痛みます。
ほんとにそうですね
こんなことをしなければならなくなった時点で
敗戦は決定だったのですよね
彼らは無駄に命を奪われたんですね

> 広島の江田島にもあるんですよ~>
広島にもありますか
あまりにも達筆なのに驚きました
そして難しい漢字を使っての遺書やお手紙に
検閲も厳しかったのだろうなと思いました

知覧の会館では、ボランティアさんなのかしら、年配の方が
講義か説明をされていたようでしたが
静かに読ませて頂いているすぐそばで、
活劇口調で、遺書の同じ所を何度も何度も大声で読んで説明しているのは
ちょっと耳障りでした
平和会館と言う名前も無理があるなと思いませんか

彼らが可哀そうで、憤りや悲しみを覚えて帰ってきました
笑顔のこちらで、それを強制している上官の姿が見えるようでおぞましかったです





Hulaさん |  2012.08.02(木) 22:55 | URL |  【編集】

館内に展示されていた、海没から引き揚げられたボロボロの
零戦を見学しました。
操縦席にいたであろう、若き英霊の姿を見たような
気がしました。
baik2 |  2012.08.02(木) 22:56 | URL |  【編集】

baik2さんへ

こんばんは

> 館内に展示されていた、海没から引き揚げられたボロボロの
> 零戦を見学しました。

はい、確かに私も英霊の姿を見た様な気がします

遺書などの展示コーナーでは、遺書やお手紙の裏にある彼らの叫びが聞こえてくるようでした

米軍の撮った映像も痛ましかったですね
(見る機会は今までもありましたが、この会館で見たことによる
ショックが大きかったです)


Hulaさん |  2012.08.02(木) 23:20 | URL |  【編集】

こんばんは~Hulaさん
第二次世界大戦の終戦も近くなると、飛ばす飛行機も満足なものが数少ない中、皆20歳前後の若者たちが特攻隊員として、鹿屋や知覧から出撃していったのですね。

彼らの遺書を見ると胸がはりさけそうになります。
こういう時代があったことを、乗り越えて現在があることを今の若者たちにも忘れてほしくないとおもいます~
信さん |  2012.08.04(土) 21:10 | URL |  【編集】

信さんへ

こんばんは
> 第二次世界大戦の終戦も近くなると、飛ばす飛行機も満足なものが数少ない中、皆20歳前後の若者たちが特攻隊員として、鹿屋や知覧から出撃していったのですね。
ほんとに辛いですね
胸が苦しくなりました
涙なくして閲覧できませんね
そして、機体の故障などで戻った特攻隊の苦しみも忘れてはいけませんね
相当な仕打ちを受けたのでしょうね

> こういう時代があったことを、乗り越えて現在があることを今の若者たちにも忘れてほしくないとおもいます~
ほんとにそうですね
特に今の若者に知ってほしいですね


Hulaさん |  2012.08.04(土) 22:41 | URL |  【編集】

特攻隊

母の弟も特攻隊で散っていきました。
とても絵が上手くて先日の同窓会で来られた先生が高校に入った時その叔父がとても親身になって教科書や制服を世話してもらったのにキチンをお礼が出来なかったと悔やんで私に話してくださったのが印象的でした。
叔父を知ってる人があると思うと嬉しかったですが、私は勿論生まれるずっと前の話で叔父に逢った事はありませんが実家の和室に叔父の絵を表装して飾ってあり身近な叔父です。
国の為、家族の為と志願して散っていったのでしょうね。
ぷりんちゃん |  2012.08.05(日) 11:22 | URL |  【編集】

Re: 特攻隊

ぷりんちゃん、こちらにもありがとうございます

> 母の弟も特攻隊で散っていきました。
まあ、やはりそのようなことが・・・
そうでしたか

> とても絵が上手くて先日の同窓会で来られた先生が高校に入った時その叔父がとても親身になって教科書や制服を世話してもらったのにキチンをお礼が出来なかったと悔やんで私に話してくださったのが印象的でした。
> 叔父を知ってる人があると思うと嬉しかったですが、私は勿論生まれるずっと前の話で叔父に逢った事はありませんが実家の和室に叔父の絵を表装して飾ってあり身近な叔父です。

優しくて、素敵な伯父さまだったのでしょうね
お母様が思い出される弟さんはいつまでも若いままで
国の為とは言え、その年齢で夢や希望をかなえられずに、亡くなっていったことはお辛いですね
今回この知覧の会館で胸を打ったのが
特攻出撃前日に、「最後のピアノを弾かせて下さい」と、知覧の学校にやって来た隊員のお話でした

> 国の為、家族の為と志願して散っていったのでしょうね。
この方たちの尊い命のお蔭で今があることを
今増えつつある”自分さえよければ”と言う若者達に知ってほしいです

Hulaさん |  2012.08.06(月) 11:57 | URL |  【編集】

ほんとうに、彼らの犠牲の上に、いまの生活があることを、忘れてはいけないと思います。今がどんな世の中であろうとも、少なくとも明日銃弾にさらされることはない、平和を築いてくださったことを。。。感謝します。
keiko |  2012.08.13(月) 21:01 | URL |  【編集】

keikoさんへ

ようこそですe-266
オリンピックも終わってしまいましたね
でも明日からは高校野球の応援かしら

彼らの犠牲の上に・・ほんとに仰るとおりですね
少なくとも明日銃弾にさらされることはない・・・・
そうなんですよね
その危機感のなさから解散総選挙が第一の議題のような政治になってしまうのですね
若い命をかけて日本を守ろうとしてくれた事を忘れずに
より良い国にして行きたいものです






















































































Hulaさん |  2012.08.13(月) 22:18 | URL |  【編集】

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